すわ だいすけ

2011.04.12

「Still Together」

すわ だいすけ - Sleepyhead Jaimie / Vocals & Guitar

3月11日、地震がありました。今も余震や原発事故など、予断は許さない状況ではあると思います。いつまでも休眠させずに、ET Luv.Lab.も動かしたい、でも地震の後に、その話を避けて通らず、でもET Luv.Lab.らしいインタビューをお届けできるインタビュイーは誰なのか、考えていました。そんな時、高校の同級生の諏訪君の『Still Together』を思い出しました。

僕があの時なにか作らないといけない、そう感じたことと、もしかしたら見ていた世界は近しいのかも知れない。そんなことを感じて、ET Luv.Lab.としては2人目の音楽人インタビュー、平易に飾り立てることなく、でも大事なことを語ってもらえたと思います。

あの日に生まれた曲

【加藤】WEBの記事で読んだ限りだと、地震を受けて当日に作ったのが『Still Together』みたいな感じで紹介されていたんだけれども。

【すわ】僕は関内にいて、地震が来て歩いて帰えらないといけなくなって。5時間かかって住んでる綱島まで帰ったんだけど、その間、ずっと民族大移動みたいな状態だったでしょう。その歩いている間に、凄く色々なことを思って、これは曲にしたいなと思ったんだよね、直感で。

【すわ】その時に曲にしたいなという気持ちと、メロディとか言葉とかがある程度できていて、実際、その曲が帰っている間に完全に完成したわけじゃないんだけど、サビの部分とか、どういうこと歌いたいかとか、歌詞のキャッチの部分とかは、家に着く前にはもうできてていた感じ。

【加藤】それって「やらねばならぬ感」だったの?それとも「是非やりたい感」だったの?

【すわ】どっちかって言うと「やらねばならぬ感」かな。これを歌にせずして何を歌にする、という気持ちだったから。普段からそうだけど、そういう感慨深いこととかあると、自然と曲になるし、なりやすい。何もなくて、例えば締切りがあるから曲を作らなきゃ、っていう時よりも自然と曲になるし、言葉も自然なものが出てくるし、メロディとかも良いものが出てくるし、曲としても後々まで好きでいられる曲だったり、人にも好きになってもらえる曲というのは、そういう時にできるんだと思う。

【加藤】僕、あんまり音楽とか詳しくないじゃん。なんだけれども、YouTubeに上がってきた『Still Together』を聴いて「あ!」と思ったのが、色々あるんだろうけど、結局あれって「僕は歌うよ」って話じゃん。

【すわ】そうだね。

【加藤】それをあの時に言える人と言えない人がいたんじゃないかと思うんだよね。

【すわ】それはすごいあった。

【加藤】勿論、歌手の中でもそうかも知れないけど、例えば普段営業の仕事をしていますとか、デザインの仕事をしていますとか、企画の仕事をしてますとか、人事の仕事をしてますとか、色々な人が世の中にはいて、でも歌手ってああいう時に「僕は歌うよ」って言えちゃうのはすごいことだなあ、というのが僕の感想だったんですけどね。

【すわ】メロディとかサビとかはあったんだけど、それをどう肉付けするかと考えてる最中に、原発事故が起こっちゃってたからさ。本当は地震の1日後、2日後くらいに上げたかったんだけど、原発のこともあって、自分もいっぱいいっぱいで、5日後くらいになったんだけど、「僕は歌うよ」って言うのは自分の中でも重い、というか、大事な部分では勿論あった。

【すわ】皆どうすればいいのかすごく不安に思っていて、果たして募金すればいいのか、献血すればいいのか、自粛すればいいのか否かとかさ、色々なことが言われていた。人ができることってとても限られていると思っていて、募金だって毎日一万円募金するわけにはいかないじゃない。孫さんみたいな特別な例もあるけど、やっぱり気持ちで終わっちゃうしさ。でも、その時に、津波の被害にあった人達がやろうとしていることとか、そこに救助に行っている自衛隊の人とか、原発に行っている作業員の人とかがやろうとしていることって、「普段に戻そう」っていう作業なわけじゃない。一番大事なことって。

【すわ】だから、普段のことをできる人が普段のことをやらないでどうするんだ、と思って、それが一番継続的にできることじゃないか、と考えた。色々な人が自粛と言っていて、ミュージシャンなんて特にそうで、イベントとかもキャンセルになって、それはそれで意味があると思うんだけど、僕ができることというのは普段僕が一番得意なことをやること。神の手の経済学じゃないけど、得意な人が得意なことをやって、それが適材適所で、それがマクロで考えたら復興になるんじゃないかと思ったんだ。僕はリッチでもないし、募金は僕の得意分野ではないわけ、どう考えても。歌うことが僕の得意分野で、それがある意味、僕にしかできないことなのかなと思って、入れた歌詞が「作業現場の人ありがとう、僕らは一生懸命普段に戻るから、僕は歌うよ」ていう部分でした。

【加藤】そこが一番共感できるポイントだったんじゃないかなあと思うんだよね。今やろうとしていることに対する安心感だよね。納得とかじゃないんだけど、こういうやり方もありかなというくらいの。

Twitterと『Still Together』

【加藤】あとやっぱり今回ネットがかなり歌を届けるのに活用されたよね。

【すわ】Twitterってすごい大きかったの。地震の帰り道もずっとTwitter見てて、Still Together「今でも一緒だよ」という意味なんだけど、そこにはTwitterから受けた感銘が物凄く含まれていて、人が民族大移動みたいに動いていたみたいなこともそうなんだけど、人生で初めての、こんなカオス経験したことなかったわけじゃない。勿論被災地ではもっと大変なことが起きてたと思うし、それは僕が想像してもしょうがないことだけど、こんな非現実というか、安い言い方をすれば「映画の中のような出来事」が起きているのにもかかわらず、「お家に帰りたい」とか「好きな人に会いたい」とか、あと皆助けあって、自動販売機が開放されたとか、皆がこうしたらいいよ、ああしたらいいよとTwitterで言葉を交わしていて、それを見てすごい浅はかなんだけど、被災地じゃないから言えたことなんだけど、ああ全然大丈夫じゃないかと思っちゃったんだよね、俺。

【すわ】大切なもの、「愛する気持ち」だったり「優しさ」だったりとか、そう言ったものって、あれだけ混沌とした時間だったのに、全然失ってない、というかむしろそれが一番顕著に出ていて、人間もそうだし日本もそうだし、大丈夫だなと思えて、だから『Still Together』、今でも、あんなひどいことが起きたけど、僕らは一緒なんだ、と思いたいとか、思う気持ちというのを歌にしたんだ。

【すわ】その後もTwtterではすごい色々なことがあって、実際ミュージシャン達が色々なことを言っていて、ライブをしたほうがいいのか否かとか。する人はする人の正義だし、しない人はしない人の正義だし。ただ絶対そういうことをしたいという人はいたから、Twitterで何かやりたい人いない?と声かけたら、ドラムの人とキーボードの人が見つかって、一緒にやったのね。

【すわ】『Still Together』は完全にネット上でやって、僕ら、Sleepyhead Jaimieは2人だから、俺がボーカルとギターで、ゆくがベースとコーラスをやって、その録音したファイルをネットで送ったのに、ドラムつけてもらって、キーボードつけてもらって、というやり取りだったのね。それがああいうものになった、わけよ。

【すわ】だから勿論それを広めるのもTwitterが一番にいいと思って。フォロワーの人達も僕らが曲を作る過程を見ていたから、できました、広めてください、とお願いして。作り手のエゴなのは分かっているけど、作ったからにはたくさんの人に聞いてもらいたいと思うからさ、色々な人がリツイートして広めてくれてありがたかった。

【すわ】ああいうネットでの音楽の広まり方というのが、自分としては初めての経験だったから、興味深い出来事でしたね。と同時に本当に有り難い出来事でした。

【加藤】ネットをどういう風に活用して広めようとかじゃなくて、曲を作る発端のところからTwitterがあって、作る過程も見えてて、気がついたらそこで広まっていたということだよね。

【すわ】面白いなあと思った。

【加藤】これからツアー行くんだよね。

【すわ】来週。『Still Together』がすごい評判良かったから、それをCD化して、300枚だけなんだけど、利益分は全部日本赤十字社に寄付します。僕ら去年から『Hamburger Song』というのをやって、ハンバーガー屋さんを回っていて、飲食店でライブをやるというのが今でも多いのね。ハンバーガーパーティとか言って、月1回くらい色々なところでやったりするのだけど、飲食店さんもすごい辛いらしくてさ、今。

【すわ】その流れで、今回のツアーはテーマとしては『Still Together』という曲ができてそのCDを売り歩いてそれをチャリティにするというのも一つのテーマではあるんだけれども、もう一つのテーマとしては、去年すごくレストランにお世話になったし、飲食店で皆が集まって僕らがライブしてワイワイガヤガヤ楽しい夜を過ごしましょうというのが提案していきたいコンセプトの一つでもあるから、それを地震後も復活させたいという気持ち。

【加藤】普段に戻すんだよね。

【すわ】普段に戻したいという気持ち。それが『Still Together』のチャリティライブツアーで、去年は北海道から九州までやったんだけど、今回はもうちょっと小規模で大阪まで、7ヶ所で、27日恵比寿スタートの、最終が14日の地元綱島のBlue Corn Cafeというすごくお世話になっているところで終わる。

Sleepyhead Jaimie

【加藤】そろそろJaimieの話を聴きたいんだけど、諏訪って学生の時からSleepyhead Jaimieだよね。

【すわ】大学生の時からそうだね。元々4人で、全然ジャンルも違ったし、ずっとやっているとそれぞれ道も別れていって、残った2人で今も続けてて。元々は4人でロックバンドみたいな感じでやってたんだけど、2人になったこともあるし、僕自身も何年もやってれば音楽性も変わるし。

【加藤】今何年目だっけ。

【すわ】7年目くらい、Jaimieが。元々は14、5からやってるからそう考えると長いけど、ちゃんとやり始めてからは7年くらいだけど、自分のセンスも変わって、前はエレキ持ってやってたんだけど、今はアコギでやってる、というのがJaimieです。

【加藤】長く続けるって大変でしょう?

【すわ】意地だよね。

【加藤】わかる!

【すわ】ここまで来ると。他にやりたいことに全く興味がないわけじゃないじゃん。誰でもそうだと思うけど。なおかつ、このご時世何すれば安全みたいなのはないと思うけど、食べていくのが難しい部類のジャンルだと思うけど、それでもやりたいと思うのは、好きだって言うのと、やっぱり意地だよね。

【加藤】かっこいいなあ。

【すわ】意地はあるよね。皆あると思うけどなあ。

【加藤】なくなっちゃうと逆に心配だからね。

【すわ】裏を返せば、良い意味で言えばプライドじゃん。だから、全然悪いことじゃないんだけど。

【加藤】ハンバーガーツアーは、何で音楽のツアーにハンバーガーをくっつけようと思ったの?

【すわ】あれは元々2010年の春頃に今までのストック曲を並べてどれがいいかねという話になった時に『Hamburger Song』というのがあったわけ。元々俺ハンバーガー好きだし、いわゆるグルメバーガーとか行ってた方で、ハンバーガーの歌というのができて。よくよく他の曲と並べて聴いてみたら、これキャッチーでいいんじゃんというわけでCDにしましたと。

【すわ】で、せっかくCDにしたから、ライブツアー的なことをやりたいよね、という話になった時に、ただライブハウス回るだけじゃつまらないし、ましてや2人だからドラムもいないし、他のロックバンドに混じったら、ちょっと質素な感じだから。そしたら、ハンバーガーの歌だからハンバーガー屋さん回るしかなくない?ということになって、せっかくだから全国、北海道から九州で、というのをやったら、「へぇー」って言われるようになって、してやったり。すごい楽しかったし、良いツアーだだったと思う。

ミュージシャンの先にあるもの

【すわ】今俺完全に無所属だからさ。レーベルもないし、レコーディングも、ツアーのブッキングも自分らでやって、通販まで自分らでやってるのね。考えられることは、さわりでおままごとかも知れないけど、小売までやってる状態なんだ。誰もやってくれる人いないから、僕らでやらないといけないわけ。

【加藤】音楽業界厳しいとかって話もしてたけどさ、そういう中でもやってこう、やりたいことをやるためのその他のことって結構あって、そういうことできないと、多分面白いことできない気がする。

【すわ】色々なことをやってくれる人がいない、お願いしてもいないところというのは、少なからずあって、付き合いはあったし、お世話になっている人もいるし、自分たちで全部やってるわけでは決してないんだけど、ある一線で、僕らはまだまだ無名だから、すごい不自由が多かったわけ。何するにもお金が余り使えないからこれしかできないとか。だからその人達が悪い、んじゃなくて、そんな不自由してるくらいなら、一度離れて自分たちでやれるところまでやってみた方が遠回りしても結局は近道なんじゃないかと思った時期があって。

【すわ】お世話になった人達に、一回自分達でやれるところまでやってみるんでという話をして、始めたんだよね。そうすると意外と出なかった知恵が出るんだよね。それ不思議だよね。

【加藤】状況とか環境みたいなことがさせるものがあるよね。

【すわ】そういうものの方が、人が敏感に面白いと思えるものができたりとかしてさ、勿論アイデアプラスお金があったら一番いいんだけど、でもお金があるからアイデアがあるわけじゃないというのをすごい思い知ったね。

【すわ】昔だと、この『Hamburger Song』も「でもちょっと」って言われてたと思うし、ハンバーガツアーも「いやあちょっと」って、なんかちょっとで終わっちゃってたと思う。でも、純粋に面白い、お金がない分アイデアしかなかったから、それがいい方に転じたなあとは思います。

【加藤】そういうやり方が大分フィットしてきた感じなんでしょう?

【すわ】そうだね。すごくそれをやりながら、ミュージシャンってどうなってくんだろうという問の答えに、なんかちょっと近づけた気がする。というのも、今となっては皆知ってることだけど、CDが売れない、レコード会社がつぶれ、レーベルがつぶれ、音楽で食えない、という絶望論みたいなのが音楽業界にはあって。

【すわ】地震の後って色々なものが加速したじゃん。顕著なのはメディアの不審、前からなんか信じられないぞみたいな空気はあったけど、一気に信用が地に落ちたじゃん。ゼロとは勿論言わないけど、あとエネルギー問題とか、下手すれば何十年って時代が進んだ。けれど、音楽って地震の前から一番言われてたわけ。もう無理だよみたいな。その頃からすごい考えてたし、CDが売れないのはなんで、って考えた時に、音楽を聴くってことよりも、もっとエキサイティングなエンターテインメントがたくさんあるからだと思うのね。

【すわ】別に俺はダウンロードが悪いとか、違法な何とかが悪いとか、いうことよりも音楽がエンターテインメントとして「古く」なったんだと思うんだよね。音楽単体だと。例えば盆栽とかって昔はすごいエキサイティングだったんだと思うんだよね。盆栽やってたらかっけえぜ、みたいな。勿論、盆栽が悪いわけじゃないと思うんだけど、でも正直、今盆栽で食おうと思う人いないでしょう、ほとんど。であり、誰もができるようになっちゃったじゃん。悲観的な意味じゃないんだけど、音楽ってそういう風になってるな、と思うのね。誰でもできるし、できたからと言って、すげえ、みたいな話でもない。

【すわ】Mac Book一台あれば音楽作れちゃうし、リリースできちゃうし、CDもプレスできちゃう。うちらがやってるようにまさに。プロモーションもできちゃうしさ。だからすごいでしょ!CD出たよ!みたいな時代じゃない。悪く言えば見向きもしない。となった時にミュージシャンはどうあるべきなんだ、ってすごい考えることなのね、皆考えてると思うし。クリエイターは皆そうだと思うけど。

【すわ】その話ってハンバーガーの話と繋がっていて、文化を提案していく身としては全然まだ需要があるんだなということを感じたんだよね、逆に。ミュージシャンは今後何になっていかないといけないかという話をゆくとすごいするんだけど、もしも僕らが音楽というものを柱として、一つのライフスタイルだったりとか、文化の形態、音楽だったらシーンって言われるんだけど、人のジャンルみたいなものを提案していければ、それってすごい需要があるんじゃないかと思うわけ。

【すわ】全然体現できてないから偉そうなこと言えないんだけど、今後ミュージシャンがやることって、「ハンバーガーパーティを広めたい」みたいなことじゃないかと思っていて、言っちゃうと安っぽいんだけど、ハンバーガー屋さんをマクドナルドみたいなところしか知らない人がいるとして、いやいやこんなに色々なハンバーガーをメインとしたレストランがあって、それはこんなに素敵な空間で、そこでライブとかやっていて、皆でビール飲みながら乾杯してパーティして、そういう夜ってスゴイ素敵じゃん、っていう提案てできると思うわけ。その提案に対する需要ってあると思うし、そこに商品価値も、お金を払う意味もあると思う。そういうものを提案していくというか、ナビゲートしていく、ライフスタイルのナビゲーター的な職業という方向にクリエイターの人達って向かっていくんじゃないかなあと今すごく思っている。

【すわ】ライフスタイルのナビゲーターとしてのミュージシャンって昔からいるし、珍しいことでは特にないんだけど、今ってそういうものしか価値がないっていう言い方は言い過ぎかもしれないけど、アマチュアとプロフェッショナルの差がCD出してる出してないじゃなくなったから、プロフェッショナルはどこに行くと言ったら、やっぱりその更に上に行かなきゃいけない。昔はCD作ってパッケージして流通させてるだけでもプロフェッショナルになってたけど、そのハードルがすごいあがった気がするんだよね。

【加藤】後は逆に一つJust Ideaとしてあるとしたら、昔ってそれがすごい大きな規模で成立していないと駄目だった時代だと思うんだよね。でも今人の趣味嗜好がすごい多様化しているから、中小規模でも成立しちゃんじゃないかと思うと、そこにはそこで未来があるのかなと思うね。

【すわ】それはすごい思う。相手にするマーケットが物凄く狭まったけど、物凄く深いところまで相手にしないといけないというか。浅く広く、それこそ印税なんてほんのちょびっとしかもらえなくても何万人ともなればそれで機能してたけど、それが狭くなったら全然もらえないわけじゃん。その分、もっと深く、対面的なことだったりとか、それこそTwitterのやり取りもそうだし、その人の生き方とか遊び方とか仕事の仕方とか、全部合わせて憧れられるというかリードするというか、狭まる分深く働きかけることによって、需要と商品価値が生まれるんじゃないかなと思うよね。

すわ だいすけ

Sleepyhead Jaimieのボーカル・ギター・作詞作曲を担当。

小中高をアメリカで過ごし、カリフォルニアの空気と音楽シーンを肌で感じながら音楽に目覚め、初めてアコースティックギターを手に取る。

音楽性はもちろん、言葉から考え方まで日とも米ともくくれない独自の世界観を描く。

2010秋には大好きなハンバーガーを歌った「Hamburger Song」を発表、日本音楽史上初となるハンバーガー店限定の全国ライブツアーを開催、大きな話題に。音楽だけでなくカルチャーまで、地元横浜から日本そして世界に向けてSleepyhead Jaimieのライフスタイルを発信中!

Sleepyhead Jaimie (スリーピーヘッド・ジェイミー) Official Website

Sleepyhead Jaimie、日本応援ソング「Still Together」が話題に (BARKS) - Yahoo!ニュース

Sleepyhead Jaimie (スリーピーヘッド・ジェイミー) Official Blog » 【ビッグニュース!】Still Together の PV 公開!!!

2016.08.28
渡邊 享子
「トントンカラリと回すサイクル」

石巻に出かけるようになって、何人もの若ものと知り合って来ました。そのうちの一人が渡邊享子さん。震災直後からゼミ生として石巻に入って、この5年間、石巻に住み、石巻に根ざして、街のことに取り組んで来た一人です。 これまでにユ […]

2016.08.23
モリジュンヤ
「広義の編集、狭義の編集」

その存在は意識していた、って書くとなんか大袈裟だけれど、フリーランスとして仕事しつつ、気になっていた人の一人がモリジュンヤ君でした。とても筋の良い仕事をする人だなと思って眺めていた。 そんなジュンヤ君と昨年末少ししっかり […]

2016.08.18
鵜川 洋明
「水、流るるを、樂しむ」

僕も関わる児童養護施設を退所する若もののための奨学金支援プログラム、カナエールでトレーニングチームのリーダーをしているのが、うーさんこと鵜川洋明さんです。カナエルンジャー(奨学生)とエンパワチーム(社会人ボランティア)が […]

2016.01.15
太田 サヤカ
「問うデザイン、問われるデザイン」

以前、ET Luv.Lab.で取材させていただいた、イトナブの古山さんから、僕や仲間内のデザイナーのところを1日ずつ、新入社員を武者修行して回らせたいというご相談をいただいたのが2年前の春のこと。トランク片手に仙台から東 […]

2015.08.07
井口 拓磨
「聴こえてくる音楽、その風景」

水族館の音楽のデザイン、そんな少し変わった仕事をしている人を、以前中華街で紹介してもらいました。僕はそこでサウンドスケープ、という言葉を初めて教えてもらいました。音のランドスケープ?、なかなか難しそう。 僕は楽器がからき […]

2015.06.22
葛原 信太郎
「編集が生むのは、活力」

「あれ、Twitterが似顔絵のアイコンの人ですよね?」久し振りに言われたなと思いました。 仕事仲間の鎌倉オフィスのオープニングパーティで知り合った葛原信太郎君は、アースガーデンというメディアの編集長。ただ、日本の「揺れ […]

2015.05.26
小高 朋子
「作り手の担い手」

「仕事の相談があるのですがー」、久し振りにご連絡いただいた小高朋子さん。Facebookで全国津々浦々飛び回っているのは拝見していて、いずれまたお話したい人の一人でした。じっくり腰を据えて話すのは、実は今回の取材がほぼ初 […]

2015.05.17
網谷 勇気
「カミングアウトが拓くもの」

実行委員として関わっている児童養護施設からの進学を応援する奨学金支援プログラム、カナエールで一緒に仕事することになったのが、網谷勇気さんでした。プロジェクト内では皆ニックネームなので、今回の取材でも「あーみー」と呼んでい […]

2014.03.20
中村 優
「旅するレシピ」

中村優さんと出会ったのは、クライアントのレストランでのディナー・パーティの時でした。隣の席にたまたま座っていた優さんとは当然初対面で、ただ、なんか美味しそうに美味しそうなものの話する人だなあと思っていて、でもお互いあんま […]

2014.01.01
山本 浩司
「歴史家が紐解くプロジェクト・デザインいまむかし」

浩司君がTEDに出る。そんな話を聞いたのは2年前のことですか。イギリスで歴史家として産業革命時代の経済や商業の歴史を研究する山本さんとは、頻繁には会わずとも、たまに飯を食いながら意見交換する仲です。歴史家という響きとは裏 […]

2013.12.24
岡崎 研太郎
「アートがもたらす医療現場へのエンパワーメント」

あれは今から数年前のこと。クライアントのご親族にお医者様がおられて、僕に仕事の相談があるとおっしゃる。お医者様からの仕事というので、病院か、学会か、と思いきや、ご相談されたのは「糖尿病劇場」という何ともユニークなプロジェ […]

2013.11.03
村上 玲子
「人、そこに在る暮らし、そこを巡るは旅人」

村上玲子さんは、お世話になっている方が開いた懇親会でお話しする機会があって、ただ、ソーシャル・メディアでは繋がりつつも、以降お会いする機会はなく。なんですが、僕があっち行ってると、翌日くらいから玲子さんがそこにいるのをソ […]

2013.10.10
茂木 隆宏
「横浜の創造力の舳先に」

横浜在住で自宅勤務であるにもかかわらず、これまで横浜で仕事したのは片手で数えられるほど。ちょうど、この1年くらい、少し横浜で何か行われているのか、ということに興味を持ってから、よく耳にしていた名前が「ノガン」という会社で […]

2013.05.20
越水 大輔
「ローカルにコミットする躍動感」

越水大輔さんはフリーランスのWEBデザイナーで、福岡に1年。僕とはちょうど1年ほど前に、ETのWEB経由でお声がけいただき、一度だけ横浜の喫茶店でお話しをしました。彼はその後、福岡に移り住み、僕もちょうど色々な場所と仕事 […]

2013.04.01
古山 隆幸
「復興のカリキュラム」

古山隆幸さんとは年次がほぼ一緒で、学生時代からWEBの仕事をしていたことも共通で、昨夏、石巻2.0の小泉瑛一君に紹介してもらって以来、UX X Talkというハングアウトイベントを石巻工業高校の生徒さん向けに企画したり、 […]

2013.03.27
礒貝 日月
「出版ボン・ボヤージュ」

大学のラグビーの後輩に、「加藤さんに、そいつだけは紹介したい、という人間がいるんです」と言われていて、そういうことをその後輩が言うのも珍しいので、ドキドキしながら丸の内に出かけたのが昨年の秋。礒貝日月君とはそれ以来、同じ […]

2013.03.20
東 宏樹
「揺れやすさ、というファクト」

昨年末出かけたTEDxKeioSFCで、ちょっと懐かしい顔と再会しました。東君は大学の後輩なんですが、例によって社会人になってからの知り合い。鎌倉でこんなことをやってみたい、みたいな話を酒飲みながら聞かせてもらったりして […]

2013.01.29
舟越 奈都子
「アートへのホスピタリティ」

僕が9月に石巻に行ったのは一時画伯というプロジェクトのワークショップのサポートスタッフとしてでした。実は一時画伯に関しては僕はそもそもWEB制作を仕事として請けていて、そういう意味では外部からお手伝いする立場だったのです […]

2013.01.11
植村 百合香
「踏み入って、踏み留まって、踏み進める」

「ちっちゃい怪獣連れて行くね」、そう言われてブリッジフォースマイルというNPOに勤めている友達に紹介されたのが、植村百合香さんでした。初対面の時は別に彼女のプロジェクトの詳細を聞くわけでもなく、ただなんとなくこの子、大物 […]

2012.11.27
坂田 一倫
「Non-Designer UXer」

高校と大学のラグビーの後輩にあたる坂田一倫君。学生の頃からデザインが好きだったようで、ただ、僕とはちょっと違う志向性だったようで。彼の口から、徐々にUXという言葉を聞くようになって、気がつけば、UXの専門家として仕事をす […]

2012.11.18
小野 梨奈
「働き方の未来予想図」

ナンパされたシリーズ。今年に入って、Twitterで仕事のお声がけいただいたのが、フリーランス、Webプロデューサーの小野梨奈さん。とは言え、何となく僕も存じ上げていて、お話したところ、共通の友人の話にもなり、行けそうだ […]

2012.10.04
北見 友和
「続けることを繋げる、繋げることを続ける」

10年前から上永谷にあったレゲエバー、CRISE。歩いて30分ほどの所に住んでいたのに、僕が知ったのはつい昨年のこと。そこのカウンター越しに知り合ったのが、北見友和さんでした。日本料理を銀座で修行し、数千人規模の屋外ライ […]

2012.09.21
山本 泰広
「笑うPMには福来る」

先日、「僕のチームの後輩に酒飲みながら話してもらえませんか?」という、ちょっと風変わりなオファーをくださったのは、ネットサービス企業でプロジェクト・マネージャーをしている山本泰広さん。同じ横浜市民ということもあり、飲みの […]

2012.09.15
marico
「モノを作る、場を作る、時間を作る」

男ですし、そんなにアクセサリーとかは持ってないのですが、maricoさんにオーダーしたグラスループは今も愛用しています。maricoさんとは友人に紹介された社会人サークルみたいなところで知り合って、だから5年ほど前でしょ […]

2012.07.01
中村 こども
「楽しかったら重くないんだ」

「すいません、ピントが合ってませんでした。。。」そんなET Luv.Lab.始まって以来の大失態を犯してしまったのが、今回の中村こどもさんへの取材です。実は僕は中村さんにレンズを一本お借りしていて、だから、そのレンズを借 […]

2012.04.14
黒田 和宏
「企業と個人を結ぶもの」

まだ僕が学生時代にデザイン会社の仕事をパートタイムのスタッフとして手伝っていた頃のこと(別に出社とかなかったけど)。その僕を手伝ってくれていたのが同じSFCに在籍していた1年下の黒田和宏君でした。そこでの仕事が終わって、 […]

2012.03.29
景山 泰考
「ロジックを調律する男」

「やーまん」「やーまん」「やーまん」と本当に知り合ったその日からべったりお世話になっているのが景山君こと、「やーまん」です。お互い何かを説明する時に、いきなり結論を持ち出してもきちんとコミュニケーションが取れる、という意 […]

2012.03.26
浜本 階生
「ソーシャルグラフとアルゴリズムが導く行方」

Blogopolisを知っていますか。10人に見せると10人が「スゲー!」という、僕の経験の中でも類まれなサービスです。それを作っている個人と知り合える!と聞いて、お邪魔した用賀エンジニア焼肉会が浜本さんとの出会いでした […]

2012.03.08
小泉 瑛一
「On the frontline」

小泉君と僕の関係性を説明するに、横浜の飲み仲間です、以上の説明がないのですが、彼が横浜国立大学の建築学生の時に、ひょんなことから知り合って、せっかく地元の若者なので、色々な会に連れて行って、なんか面白いことになればいいな […]

2012.02.21
大嶋 英幹 / 水口 一
「デザインに人の温かみが降りてゆく」

僕が鎌倉でお世話になっている代理人の方が「面白い人達に会いましたよ」とある日おっしゃった。あの時「じゃあ、紹介してください」、その一言が言えなかったら、きっと僕が「はせのわ」に携わることはなかったでしょう。 鎌倉にあるツ […]

2011.11.12
畠山 千春
「見えやすくする、触れやすくする、慈しみやすくする」

僕をして、エコ、という言葉を誰も想起し得ないと思いますが、随分前に、green drinks Tokyoというパーティにうかがった際にご紹介いただいたのが、当時グリーンズでインターン中の畠山さんでした。ちょうど就職活動の […]

2011.10.21
松村 太郎
「その境界を超えてゆけ」

2007年3月、kosukekato.comの読者から一通のメールが届きました。「ブログでナンパした」「ブログでナンパされた」という話は、どこかしこでしている話ではあるのですが、実は中学と大学の後輩であった松村太郎君と知 […]

2011.06.14
徳本 昌大
「コミュニケーションの今」

僕がいつもと少し毛色の違うプロジェクトにアサインしていただいた時に、そのプロジェクトでお世話になったのが、「ソーシャルおじさん」こと徳本昌大さんでした。お仕事の合間にET Luv.Lab.のことをお話ししましたところ、快 […]

2011.04.12
すわ だいすけ
「Still Together」

3月11日、地震がありました。今も余震や原発事故など、予断は許さない状況ではあると思います。いつまでも休眠させずに、ET Luv.Lab.も動かしたい、でも地震の後に、その話を避けて通らず、でもET Luv.Lab.らし […]

2011.03.04
迫田 大地
「人と情報のパッシング・ポイント」

WEBデザイナーの迫田大地さんと付き合いだしたのは遂最近。実はこういう仕事をしている癖にWEBデザイナーの知り合いってとても少ないんです。しかし話してみると、同じ80年生まれということもあり、WEBの入り口から、仕事に転 […]

2011.02.19
丸岡 和人
「次代の起業家精神を描く」

丸岡和人君とは、今は無き、「用賀エンジニア焼肉」で何回かご一緒して以来のご縁です。何となくお互いの仕事を知ってはいたし、出身校も一緒だったので、シンパシーは感じていましたけど、よくよく考えれば今回の取材が2人で仕事につい […]

2010.12.09
小島 希世子
「火の国の女、肥の国の母」

小島希世子さんとは大学時代の親友で、ともすれば悪友で、お酒を飲みながら20歳前後に議論を交わした朋友です。農業の世界を生業にする数少ない友人で、僕もいつも勉強させてもらってます。 2年前の法人設立の際には、僕もCIやWE […]

2010.11.11
原田 均
「社会にコミットするエンジニア」

グラウンドの仲間シリーズ、原田均君は28歳にして既に検索プラットフォームを手掛けるネット企業のCTOで、この夏、僕も会社のWEBサイトを手伝わせてもらいました。原田君の世界を放浪した話、などもかなり面白いのですが、今回は […]

2010.10.07
津下本 耕太郎
「関係性の仕掛け人」

津下本耕太郎さんは数年前に共通の客先でお知り合いになって、なかなか興味分野がかぶっていることもあり、同年代ということもあり、気が付けば意気投合していたという、ビジネスとも言い切れない、プライベートとも言い切れない不思議な […]

2010.09.25
三橋 ゆか里
「I am a TechDoll.」

後輩が独立したと聞き、会ってみたのが半年前。それからあれよあれよという間に活躍されているのがウェブディレクターでライターの三橋ゆか里さんです。先日もYahoo!ニュースに三橋さんが書いた記事が載っていたらしく、一緒に飲ん […]

2010.07.01
須藤 優
「面白い人を拡張する」

形式は違えど、JunkStageというのは、ET Luv.Lab.の良い見本なのだと思うんです。56名のライターを抱え、コラムサイトを運営しつつ、フリーペーパーを出したり、イベントをしたり、新しいサービスも始まるようです […]

2010.06.04
松下 弓月
「非日常性への回路」

「今日はお坊さんと食事に行きます」なんて友人に言うとびっくりされるのですが、松下弓月さんは平塚宝善院の副住職であり、超宗派仏教徒によるインターネット寺院、彼岸寺のメンバーでもあり、最近ではUstreamなどでも積極的にイ […]

2010.05.15
福山 泰史
「アマプロ混在の時代に思うこと」

同世代で自分よりフリーランサー歴が長い人、と言うと、実はそんなに多くはなかったりするのですが、音楽プロデューサーの福山泰史君は僕より2つ年下。 20歳の時に独立し、それから9年もの間、フリーの音楽プロデューサーとして業界 […]

2010.03.09
児玉 哲彦
「アーキテクチャからデザインする」

児玉哲彦さんとは母校のOpen Research Forumというイベントでゲリラトークセッションに飛び入り参加させていただいた時に知り合いました。それから何度かゆっくりお話をする機会が持て、僕はビジネス寄り、児玉さんは […]

2010.02.25
神谷 真人
「芝居と生きる、芝居を生きる」

3年B組16番加藤康祐、3年B組17番神谷真士。中学のクラスメイトで、出席番号が並びだった神谷君と再会したのは社会人になってからでした。話を聞いてビックリ。「脱サラして舞台俳優をしている」とおっしゃる。ある意味、僕とはフ […]

2010.02.23
野口 尚子
「余白を埋める、余白を作る」

各所で話題の僕の似顔絵入り名刺ですが、実は印刷の余白Lab.の野口尚子さんにコーディネートをお願いしたもので、ブラックメタリックの箔押しにグレーのラメ入りの紙がお気に入りで愛用させてもらっています。独立前に知り合いました […]

2010.02.09
小林 朋子
「Twitter文化はサロン文化」

サヴォアール・ヴィーヴルって言葉、初めて耳にする方も多いのではないかと思います。鎌倉でサヴォアール・ヴィーヴルサロン、ロザリウムを主宰されている小林朋子さんは、ETの古くからのお客様で、ご家族の皆様にもいつもお世話になっ […]

2010.02.05
北山 朝也
「エンジニアリングと幸せの定義」

ET Luv.Lab.記念すべき第一回目ゲストはエンジニアの北山朝也君です。北山君とはグラウンドで一緒に汗を流した仲でもあり、社会人になってからも折々で酒を酌み交わしがてら話をしあう親友です。北山君とは付き合いが長いです […]

2010.01.27
加藤 康祐
「人がメディアになる時代」

ブランディングの仕事をしていると、結局最終的にはブランドの価値がいかにして、「人」に反映されるか、ということに勘所があるように思います。何か同じようなことが、スゴイ勢いで情報の世界にも起こっているな、ということを下記の文 […]