大嶋 英幹 / 水口 一

2012.02.21

「デザインに人の温かみが降りてゆく」

大嶋 英幹 / 水口 一 - 株式会社ツナグ プロジェクト

僕が鎌倉でお世話になっている代理人の方が「面白い人達に会いましたよ」とある日おっしゃった。あの時「じゃあ、紹介してください」、その一言が言えなかったら、きっと僕が「はせのわ」に携わることはなかったでしょう。

鎌倉にあるツナグ プロジェクトさんは従兄弟で作ったデザイン会社、というちょっと変わった会社さんです。いつも良いもの作っておられるなと思い作品を拝見していたのですが、「はせのわ」では僕はエンジニア的にサイトの開発に関わらせていただきました。僕自身、インタビューをしながら良い人達と良い仕事に関わらせていただいているな、と再認識しました。デザインに人の温かみが降りてゆく、そんなプロセスを垣間見ていただけたら幸いです。

鎌倉 長谷への想いがつくりだすポータルサイト「はせのわ」

【加藤】はせのわが12月に公開されましたけど、その後、どんな感じでしょうか?

【大嶋】今は皆さんで協力しあって、長谷の歴史ページとはせ時間ページを頑張ってコンテンツを用意していただいて更新している状態ですね。アクセス数も上がりつつあります。

【加藤】僕の周りでも話題になっていました。良かった良かったと思ってたんですけど、その後どうかなあというのは気になっていて。

【大嶋】お年寄りの方が使ったりというのが実は多いんですね。観光に来る方が使うというのはポータルサイトなので、それがメインだとは思うのですけど、それとは別に町に必要なものになると良いと思ってます。例えば、ハザードマップとか、避難経路をどういう風に載せていくのか。ご年配の方のためのポータルサイト、ポータルサイトというより町の便利サイトとして使っていただきたい。そうなった時にもう少しこういう風にしたいという改善点を今皆さんと出し合っているところです。

【加藤】いいですよね、そういうのは。

【大嶋】そういう意見を集めるというのは、すごく大切だと思うんです。

【加藤】しかも、お互い顔が見えている範囲からの声ですものね。町を歩けばすぐその人達に出会うという。

【大嶋】そうなんですよ、ホント。

【加藤】面白いですよね。元々、はせのわを作ろう、という話になったのは、どういう経緯だったんですか。

【大嶋】3.11の震災の後に、長谷にある0467というお店の加藤さんという方がアクションを取って、うちに連絡をくれました。震災の後は鎌倉も計画停電があり、その影響でJRや江ノ電が止まったりで本当に人がいない(来ない)状況に一時なりました。この状況を改善しみんなが元気になれるよう、また今後このような事態の時にでも町の状況を正確に伝え発信する為のツールを作りたいと。それで現在サイトに参加している商店主の方々が集まり、意見交換し知恵を出し合って骨格を作っていった感じです。その後ヒアリングを重ねはせのわのコンセプトを作りこんだ結果、この町への想いが作り出すポータルサイトというフレーズになっていった訳です。そこには町への想いから、安全や安心、また町の見え方なども自分達で作っていき、多くの人と繋がっていきたいとのみんなの想いが込められているんです。うちも同じ商店会の一員として、またデザインや技術面を担う立場としての参加で大変ですが一緒にやっていきたいと思い始まりました。

【加藤】僕も最初、お話をうかがった時はサイトの技術面のご相談、という認識であんまり全体像を把握しないで作り始めちゃったところがあったんですけど、色々お話をうかがうについて「こういう思いでやっているのだな」というのが見えて来て、だったらこうなるなというのが見えて来たんで、コンセプトがはっきり見えてたというのは関わりやすかったかも知れないですね。

【大嶋】色々なご無理が出ましたね。

【加藤】いやいや、あまり僕と一緒にモノを作る仕事をした人っていないんですけど、他に。いつも一人で作ってるんで。どうでした?

【大嶋】加藤さんどうでした?大変でしたでしょう?

【加藤】楽しかったですよ。終わってみればって言っちゃいけないんでしょうけど。始まったばかりなので。たまたまお世話になっている人に、長谷が元から好きだったという人がおられて、そういう人達が見て喜んでたのが、僕はスゴイ印象的でしたね。

【大嶋】嬉しいですね。

【加藤】なんかカッコいいデザインのサイトだね、って言われるタイプの仕事じゃない気がしていて、背景にある文化とか人とか、そういうものを一緒に愛してもらえるような人に見てもらえるといいですよね。

【大嶋】本当そうですね。勿論、印象だとかビジュアル的な部分で何か感じてもらうというのも大切なんですけど、それよりもやはりこの町の魅力ってどこにあるのというと人にいくと思うんですよ。そして歴史や町なみだと思うんです。そういうことを学べる場。学んで、その後、観光に来ると、全然違うんです。そういう情報をできるだけ、町の人達で皆で協力してアップして、皆に知ってもらうってことが重要なのかなと思ってますね。

【加藤】観光という分野においても、人と人が繋がるんだよ、という感じがしますよね。

【大嶋】ポータルサイトのあり方みたいなのも、やはり参加する方の中で、集客に繋げたいという部分も大切だと思いますし、ただ、そう言った部分だけじゃなくて、次の世代に何かを残していこうという活動をしていきたいんですね、この場所では。どんどん情報って受け継がれなくなっていくじゃないですか。それを今の形で残すということになると、WEBサイトにあげていくことじゃないかと思うし、そういうものにしていきたいと思ってますね、皆で。

【加藤】確かに、人が積み重ねて学んできたものって大事ですから、今はせのわに更新していっているものが、最終的にどういう形になって、次の世代が見た時にワクワクするかって大事ですよね。

【大嶋】積み重ねていくためのものを本当に町のみなささんとご一緒に作っているんじゃないかと思います。ぱっと見て、ぐっと触れてみて、すごく良いなというのも勿論今後求めていきたいと思うんですけど、そこからまた更新されているかなあと戻って来て、新しい情報だ、こういう風になってるんだ、というのをまた発見できるような、それをずっと繰り返していけるような、最終的には一冊の本になるようなものになると良いと思います。

【加藤】僕そういう地に足の着いた仕事はとても良いと思います。

従兄弟二人で会社を作る

【加藤】お二人に最初に会ったのって鎌倉ですよね。僕の鎌倉の代理人の方が、「面白い人達に会ったよ」っておっしゃってたので、「紹介してください」と言ったら、お二人だったという。で、鎌倉の喫茶店に行ったら、「従兄弟同士です」って言われて。

【大嶋】そうですね。

【加藤】従兄弟で会社作ったきっかけみたいなのってなんだったんですかね。その時も聞いたと思うんですけど、もう一回。

【大嶋】なんでですかね。でも、一緒にずーっと遊んでましたね。ちっちゃい頃から。

【加藤】それは学生になっても大人になっても?

【大嶋】そうですね。二十歳とかになっても遊んでましたね。小さな頃の写真がいっぱいあって、おもちゃを取り合って喧嘩しているのとか、こんな頃から何かの競いあいしてたのか、と思って面白いです。

【加藤】常に隣にいました、みたいな感じなんですかね。

【大嶋】そうですね。

【加藤】お二人はお住まい近かったんですか。

【大嶋】ちょっと離れてましたね。ただ毎週末遊びに来ている感じで。

【加藤】そうなんだ。珍しいですね。お二人はある程度生い立ちは違うのに、同じ道に進まれたっていうのは、何かあったんですか?

【水口】僕はサブカルチャー的なフライヤーとかを自分で作っていて、そこから流れでグラフィックの方に来た感じですね。

【大嶋】なんで一緒にやり出したんだろうね。何となく一緒にやるかなとか思ってたのかも知れないね。

【加藤】なんかセレンディピティですね。

【水口】写真に残ってる、一つの部分を取り合って喧嘩しているところとか見ても、その頃から好きなものが一緒だったのかなと思います。方向性というか価値観が近かったのかな、というのが今になって思うことですね。

【大嶋】それありますね。価値観とか感覚ってそれぞれあるじゃないですか。でもすごい似たものを良いって思ったりするんですよね。お互い悔しいから言わなかったりするんですけど。

【加藤】じゃあ、やはり独立しようと思ったタイミングで、やっぱアイツかな、みたいな感じだったんですか。

【大嶋】東京都内でそれぞれ違う会社で働いていて、恵比寿で二人で朝まで酒を飲んでいた時に、その時に「いつかなんかやるか」みたいな話はしたかも知れないですね。そこから何年か経ってやり出した感じですね。

【加藤】ツナグプロジェクトって名前はどちらの発案なんですか。あ、これ、どっちとか聞いちゃいけないんだな、今までの話からすると。

【大嶋】その一緒に飲んだ時に、「人生ってなんのためにあるの」って話を二人でして、「ツナグためだね」と思うんだ、ということになって。そこからそのフレーズはすごく大切にしています。

【加藤】じゃあ結構素直に「ツナグプロジェクト」になった感じですね、そうすると。

【大嶋】そうですね、ああそれだね、という感じで。最初は「ツナグ」だね、と言っていて、二人で話し合いながら、「人生におけるプロジェクトということにしないか」というのが後でついて。プロジェクトってスケジュールがあるというか、リミットがあるということですよね。ツナグプロジェクト、アクションをとっていかなかったら離れてしまう、友達だって連絡しなかったらそのうち離れちゃう、だから自分たち自らがつながっていくためのアクションを取っていこう、だから「ツナグプロジェクト」、そういうプロジェクトを興そうという。

【加藤】じゃあ大分攻めのネーミングだったんですね、ツナグプロジェクト。

【大嶋】本当そうですね。大分攻めですね、今考えると。電話とか取って、ツナグプロジェクトです、って言うじゃないですか。攻めなきゃいけないな、って勝手になりますからね。言霊で。最近内にこもってるなあ、とかはまずいですもの。

【加藤】名前の通りに動けてないじゃないかという。

【大嶋】そうです。

【加藤】面白いですね。そういう大事ですよね。

【大嶋】あると思いますよ、きっと。

【加藤】自分で作った名前なら尚更ですよね。

【大嶋】そうですよね。責任取らなきゃいけないですからね。それはありますね。

【加藤】鎌倉に来たのは?

【大嶋】3年前ですかね。

【加藤】元々、鎌倉で仕事したいみたいなのはあったんですか。

【大嶋】いや、鎌倉で仕事したいというのはなかったです。それは完全に水口が言いますしたね。どこでやるという話はしていて、海外が良いと言っていて、地元二人とも愛知なんで愛知というのも案の一つ、それとも本当に好きなところ探してやってもいいね、それで鎌倉が良いというのが出てきて、いいねと思ったところに行ったり場に触れてみて、直感的に決めようかというので毎週ちょこちょこ動きまわってましたね。

【加藤】フィールドワークしていたわけですね。

【大嶋】3回くらい来ただけで、ここだねということになりました。単純だなあという。

【加藤】今、鎌倉が好きだと思うようになったの何年目くらいですかと聞こうと思ったんですけど、3回目で好きになっちゃったんですね。

【大嶋】正直、1回目で決まってたんでしょうね。

【加藤】でも実際、お仕事も鎌倉圏内のお仕事多いみたいですし、それですごく楽しくやってらっしゃいそうだから。

【大嶋】楽しいですね。鎌倉の方達はすごいあったかいのと、良いものを作ろうとするんです。勿論、効果があるという「良い」もあるんですけど、そうじゃなくて、歴史があるから、オーバーな話じゃなく、100年経っても恥ずかしくないものを作ろうよ、という思いが皆さん長けてるというか、持ってるんですよね。そういうお仕事に携われるってすごい幸せじゃないですか。そこはすごくこの町が自分たちにあってると思う部分ですね。都内はやっぱり流れ早いですからね。

【加藤】最初にツナグプロジェクトさんが作ったものが何個かWEBに並んだの見て、これ俺作れないなあと思いましたもん。ビジュアル起こすのにジオラマ作っちゃったり。すごいなあと思って。

【大嶋】楽しそうじゃないですか。

【加藤】見てて気持ち良いし、心地良いし、だけど自分ではできる気しなかったんですけど、今のお話をうかがっていると、そういうところで、鎌倉の人が受け入れてくれた、みたいなところもあるんじゃないですかね。

【大嶋】それはありますね。なんか、この子たちだったらいいね、みたいなことを相当年上の方たちが言ってくださっていて、本当によくしてもらっています。

デザインとプロセス

【加藤】WEBサイトにも出てますけど、どうしてクラフトワークという言葉を大事にしようと思われたんですか。

【大嶋】そうですね。僕はグラフィック好きなんですけど、たまにモニタから離れたくなっちゃうんですよね。脳みそが固まっちゃうみたいな。

【加藤】わかります。

【大嶋】そういう時に散歩に出るということもあるんですけど、それよりも手を動かしているとワクワクしてきたり、自分の中で勝手に高揚していくんですね。それが好きなんですね。それって、一番最後にアウトプットする中にも、ギュッと詰まってるんじゃないかと思うんですよ。勿論できたもののアウトプットは大切なんですけど、作ったもののプロセスが大切だなって僕は思っていて、どの案件も全部違うプロセスなんです。テンプレート化されない、というか。ひたすら時間食いますけど。そういう風に作ってますね。その感覚は大切にしていきたいです。

【加藤】それがきちんとアウトプットで感じられますものね。

【水口】僕もグラフィックは好きで、パソコンに向かって作っていくのは好きなんですけど、そこでまた二人でやっていたり、三人でやっていたり、色々な人が集まって、一つのものを完成させるという時に、一つ失敗しちゃうと戻せないんですよ。だけど、前に進まないとできていかない、そこがもどかしさと、できた時の愛くるしさというか愛おしさというか。

【大嶋】ものすごいリアルだよね。ラフ描いたりするじゃないですか。それを形状に起こした時に、思った以上に良くなかったりするんですよ。今からどうやって直そうという時に、パソコンだったらずーっと戻していけばいいし、保存してありますけど、全部作り直さなきゃいけないし、結局どうやったらいいかというところに行き着けてなくて、すごい葛藤はあるよね。

【水口】そこで生まれてきたものというか、最終的に出していかないといけない部分もあるし。

【加藤】同じ場所で一生懸命回転数をあげて、「ボンッ」と昇りきらないといけない感じですね。デジタルだと納品日決めて、今日はここからここまで作業をして、というのをボンボンボンと積み重ねていけば、後はその通りにやるだけですけど。

【大嶋】加藤さんどうしてるんですか、スケジューリング。

【加藤】僕1週間のスケジュールあったら、2日くらいで「できました!」とやって、その後修正しまくるタイプです。

【大嶋】すごいな、集中型なんだ。うちめいいっぱい使うもの、スケジュール。

【加藤】僕が1人でやってるというのもあると思うんですよ。1人で悶々としちゃうと時間だけが経ってゆくので、僕のプロジェクトメンバーは基本的に僕以外はお客さんだけなんで、お客さんはお客さんの商売を一番わかっている人達だから、その人達とチームで作ってるという形にしていくのがうちのやり方ですね。お客さんは大変だと思いますけどね。

【大嶋】お客さんは安心するんじゃないですかね。

【大嶋】うちは大切にしているスタイルがあって、「化学反応」という言葉をよく使うんですけど、自分のMAXを超えたい、超えるものしか誇れないというのを僕たちは共有していて、うわ、これ自分じゃできなかったわ、っていうのの連発であって欲しいんです。自分の形、相手の形、チーム全体の形を入れて、出た形ができるだけ歪な形になるのを目指してますね。それが僕ららしさ、というのは意識しています。

【加藤】なんかちょっと経営みたいな話になるんですけど、昔っていわゆるピラミッド型でトップダウンのマネージメントだったんだけれど、最近は、羊飼い型経営と言って、一番後ろにリーダーがいて、羊に活躍しておいで!って放牧している、という姿がこれからの時代の経営だみたいな話を読んで、ツナグプロジェクトさんが何人になるかわからないですけど、そういう方向性になっていくような気がしましたね。

【大嶋】そうですね。今一人メンバーいるんですけど、三人が主に実務的にやるんですけど、僕ら一人一人って感覚はすごい大切なんですけど、共有したいんですよね、最終的に。出す形、というのは、皆が本当にいいねと言えるもの、それぞれが特徴を持ったクリエイティブな連中が集まって、一本導くラインって絶対出てくるはずですよね。それがコンセプトだ、って言ってるんですけど、コンセプトがあるものを作りたいし、それがないものというのは薄くなっちゃったりもするし。皆が良いって言うものって、本当に真っ直ぐな「どコンセプト」じゃないと、皆が良いってなかなか言えないと思うんですよね。

【加藤】すごいシンプルな言葉が一番強かったりしますからね。

【大嶋】そこはやはり持ちたいし、これからも目指したいところかも知れないですね。もう一人のメンバーにもちゃんと独立してもらいたいし。

【加藤】良いチームですね。

【大嶋】にしたいですね。まだまだこれからですけど。

次の世代に受け継ぐもの

【加藤】これから鎌倉どうなりますかね。

【水口】はせのわもそうですし、そういったものがどんどん増えて来て、より良く知ってもらえると良いですね。

【加藤】今お話うかがってて思ったんですが、デザインが地域に根ざしていくって制作物が地域に根ざすのも大事なんですけど、デザインする人達が地域に根ざしていくって言うのも結構大事かなと思っていて、確かに世の中には有名建築家が立てた地方の建物とかありますけど、それだけで世の中回っていくわけじゃないし、デザインの仕事が全て東京に集約されるみたいなのも宜しくない気がするんですよね。

【大嶋】そうですね。なんだろう。話変わっちゃいますけど、ヨーロッパって噴水あるじゃないですか。夕方になるとそこにふらーっと皆が集まって、コミュニケーションを取りますよね。そういう風に人と人が繋がるというか、そこでコミュニケーションが生まれて、それが大きくなっていって、最終的には町になって社会になって。きっと鎌倉ってそういう町があってると思うんですよね。京都もそれに近いと思うんですけど、もっと鎌倉の方が、アットホームというか、観光の人達が普通に座っていると、どこから来たの?というコミュニケーションからすごく良い思い出をもらったりして。きっと町の人達は、この町を今からデザインしようと思っているんですよ。今、ゴミの問題とか抱えていて、ゴミをなくすためにはどうしたらいいか、ゴミを捨てるなって書くのじゃなくて、捨て難い町を作っていこうよという方向に皆がまとまりつつあると思うんですよね。その第一歩がはせのわだと思うんです。はせのわが通常のポータルサイトじゃない、今までにないものを町の皆さんと作っていきたい、というところはやっぱりそこなんですよね。

【加藤】多分色々な方がおられる中で、けれども情報を発信していくことって、1対1のコミュニケーションに関してはすごく熟練されている方も多いだろうけど、もう少し広い範囲に対して情報を発信していくことって、あんまり皆さん慣れてないと思うんですよね。インターネットができてからそういうことが割とコストレスでできるようになったわけで。僕もこういう仕事をしていると、プレイヤーになる人達に、最初は敷居は高いかも知れないけど、一緒に何かを作る過程で啓蒙していって、どうやって情報を用意したらよりよく伝わるかとか、一緒にそこの場所のプレイヤーの人達と育っていかないと、良いもの作れないと思うんですよね。で、それは多分3ヶ月納期で終わり、みたいな仕事ではない。

【大嶋】本当にそうです。歴史を僕達も学ぶところから始まるし、そうしないと、この町にふさわしいのってこれなんじゃないの、って言えないんですよね。現代の流行りとかで言えることはあっても、この町にとって良いことというのを、少なからず自分なりの哲学というか思いを持って、アクション取ってかないといけないと思うんで、そこは常に学ばせてもらってますね。

【加藤】だから、もしかしたら、新しいものを作ろうとしているのではなくて、あるべき姿を取り戻そうとしているのかも知れないですね。今やっておられることって。

【大嶋】そこ本当に大切にしたいですね。気付かせてもらった。鎌倉は本当にそういうところですね。そういう人達もしっかり残っているし。

【加藤】そういう人にかわいがってもらえると、すごく良いこといっぱいありそうですよね。

【大嶋】僕らの世代って結構ギリギリみたいで、この次になっちゃうと、祭りの由来みたいなことを知らなかったり、すごい面白い由来を逃しちゃったりするんですよね。だから僕らの世代がギリギリだよというのはよく皆さんおっしゃってますね。そうだとしたら、僕らの世代で次の世代に残せるやり方をしないとなと思いますね。

【加藤】そういうお話をうかがうと、僕も改めてはせのわのプロジェクト入れていただいて良かったなと思います。

【大嶋】本当にこれからなのでよろしくお願いします。

【加藤】これからも宜しくお願いします。

ツナグプロジェクトでは 、グラフィックデザイン、WEBデザイン、プロダクト、ブランディングなど 様々な プロジェクトに対し「クラフト」の思いを大切に取り組んでいます。 ハンドメイド、巧みな工芸品、手間をかけた作業だけではなく、“特別な思いを込め作ること” それこそがツナグプロジェクトの考える「クラフト」です。世の中が便利になればなるほど、思いが希薄になってしまいます。 しかし、 いつの時代も人の心を震い動かすのは、人の思いです。わたしたちはこれからも、人の心に届く特別な思いを込め モノづくりに取り組んでいきます。

はせのわ
http://www.hasenowa.com/

ツナグ プロジェクト
http://www.tsunaguproject.com/

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2010.10.07
津下本 耕太郎
「関係性の仕掛け人」

津下本耕太郎さんは数年前に共通の客先でお知り合いになって、なかなか興味分野がかぶっていることもあり、同年代ということもあり、気が付けば意気投合していたという、ビジネスとも言い切れない、プライベートとも言い切れない不思議な […]

2010.09.25
三橋 ゆか里
「I am a TechDoll.」

後輩が独立したと聞き、会ってみたのが半年前。それからあれよあれよという間に活躍されているのがウェブディレクターでライターの三橋ゆか里さんです。先日もYahoo!ニュースに三橋さんが書いた記事が載っていたらしく、一緒に飲ん […]

2010.07.01
須藤 優
「面白い人を拡張する」

形式は違えど、JunkStageというのは、ET Luv.Lab.の良い見本なのだと思うんです。56名のライターを抱え、コラムサイトを運営しつつ、フリーペーパーを出したり、イベントをしたり、新しいサービスも始まるようです […]

2010.06.04
松下 弓月
「非日常性への回路」

「今日はお坊さんと食事に行きます」なんて友人に言うとびっくりされるのですが、松下弓月さんは平塚宝善院の副住職であり、超宗派仏教徒によるインターネット寺院、彼岸寺のメンバーでもあり、最近ではUstreamなどでも積極的にイ […]

2010.05.15
福山 泰史
「アマプロ混在の時代に思うこと」

同世代で自分よりフリーランサー歴が長い人、と言うと、実はそんなに多くはなかったりするのですが、音楽プロデューサーの福山泰史君は僕より2つ年下。 20歳の時に独立し、それから9年もの間、フリーの音楽プロデューサーとして業界 […]

2010.03.09
児玉 哲彦
「アーキテクチャからデザインする」

児玉哲彦さんとは母校のOpen Research Forumというイベントでゲリラトークセッションに飛び入り参加させていただいた時に知り合いました。それから何度かゆっくりお話をする機会が持て、僕はビジネス寄り、児玉さんは […]

2010.02.25
神谷 真人
「芝居と生きる、芝居を生きる」

3年B組16番加藤康祐、3年B組17番神谷真士。中学のクラスメイトで、出席番号が並びだった神谷君と再会したのは社会人になってからでした。話を聞いてビックリ。「脱サラして舞台俳優をしている」とおっしゃる。ある意味、僕とはフ […]

2010.02.23
野口 尚子
「余白を埋める、余白を作る」

各所で話題の僕の似顔絵入り名刺ですが、実は印刷の余白Lab.の野口尚子さんにコーディネートをお願いしたもので、ブラックメタリックの箔押しにグレーのラメ入りの紙がお気に入りで愛用させてもらっています。独立前に知り合いました […]

2010.02.09
小林 朋子
「Twitter文化はサロン文化」

サヴォアール・ヴィーヴルって言葉、初めて耳にする方も多いのではないかと思います。鎌倉でサヴォアール・ヴィーヴルサロン、ロザリウムを主宰されている小林朋子さんは、ETの古くからのお客様で、ご家族の皆様にもいつもお世話になっ […]

2010.02.05
北山 朝也
「エンジニアリングと幸せの定義」

ET Luv.Lab.記念すべき第一回目ゲストはエンジニアの北山朝也君です。北山君とはグラウンドで一緒に汗を流した仲でもあり、社会人になってからも折々で酒を酌み交わしがてら話をしあう親友です。北山君とは付き合いが長いです […]

2010.01.27
加藤 康祐
「人がメディアになる時代」

ブランディングの仕事をしていると、結局最終的にはブランドの価値がいかにして、「人」に反映されるか、ということに勘所があるように思います。何か同じようなことが、スゴイ勢いで情報の世界にも起こっているな、ということを下記の文 […]