井口 拓磨

2015.08.07

「聴こえてくる音楽、その風景」

井口 拓磨 - サウンドアーティスト

水族館の音楽のデザイン、そんな少し変わった仕事をしている人を、以前中華街で紹介してもらいました。僕はそこでサウンドスケープ、という言葉を初めて教えてもらいました。音のランドスケープ?、なかなか難しそう。

僕は楽器がからきしダメで、とは言え家仕事で何となく日々、音楽を聴いていて。最近話題になっている「場作り」みたいなことと、音の世界ってどんな結びつきがあるんだろう、と思っていました。久し振りに話してみたら、しかし、幼いころは絵をやっていて、中高は花火にどっぷりだったと聞く。思っていた以上にユニークだった、アーティストというよりデザイナーだった。空間と音、井口君の今日に至るまでの考察を、ET Luv.Lab.の舞台に少し借景して来ましたよ、というのが今回のインタビューです。

サウンドデザインという仕事

【加藤】今日、なんの話から始めようかと思ったのだけれども、さっき早めに着いていて、交差点の角の喫茶店でコーヒー飲んでいたのだけれど、Konaコーヒーを出す店で、ハワイアンミュージックが流れていて。そこで考えていたのが、ハワイの雰囲気でお店をやる、ハワイアンミュージックを流す、ということと、井口君がやってるサンシャイン水族館の音楽をデザインするというような話は、「あるものから選ぶ」「雰囲気を合わせる」のではなく、「最初から作る」というところが違うのかなあという感じがして、最初はその辺りの話を聞かせてもらえればと思ったのだけれども。

【井口】BGMと言っても色々な種類があって、例えばカフェやテレビで耳にする音楽とか、一般的に多くの方がイメージするBGMですよね。それとは別に店内放送や駅の発車サイン音、それ以外にもファッションショーや水族館や美術館とかも、空間や環境に合わせてデザインされたBGMなわけです。僕らはBGMをサウンドデザインというより大きな概念としてとらえていて、アーティストや作曲家、サウンドデザイナー、選曲家など、それぞれの分野のプロフェッショナルが集まっているのが、僕の所属しているマスターマインドプロダクションという会社です。僕は作曲家として映像や空間、ブランドの音楽制作だけでなく、サウンドデザインのコンセプト開発や企画なども担当しています。加藤さんに以前聞いていただいたサンシャイン水族館のサウンドスケープを担当したのは2011年だから4年前で、今はすみだ水族館の新プロジェクションマッピング「ペンギン花火」の音楽を担当しています。

【加藤】そもそも今回、井口君に声をかけてみたのが、文房具店『銀座・伊東屋』のリニューアルに合わせて、空間音楽プロデュースに関わったと聞いて、その並びにうちのクライアントもおられてよく見ていたというのがあって。ああいうのって店舗のリニューアルが始まりますよ、という話があってから、どのタイミングで井口君たちが関わっていくものなの?

【井口】これまでのクライアントの例だと、お話をいただくのは大体半年〜数ヶ月前とかが多いんですけど、今回は話をいただいてから納品まで約2年くらいありました。今回の伊東屋サウンドスケープには、私たちマスターマインドプロダクションがプロデュースを行っていて、フロアBGMはJoi、小島大介(Port of Notes)、藤枝伸介(Sound Furniture)が担当、僕は主にコンセプト開発と全体のプロジェクトマネジメント、そしてサウンドロゴや開店サウンドなどの制作を担当しました。そもそも伊東屋さんはフロアごとに音を変えたい、フロアのテーマに沿った音楽の提案できる会社はないかと探していたそうです。

【加藤】クライアントに準備があったんだ。

【井口】「必要ないものを売りつけられている」ということではなかったんです。大体いつもお声がけいただく時には、既に建物躯体ができた後、フロアや天井にスピーカーや再生機など音響設備が既に設置されていて、その中身を提案してください、という仕事が多かったんです。ただ今回の伊東屋さんの場合、コンセプト開発から、音響設備の提案から導入までと、多くの業者さんと足並みを揃えながら、音に関わるほぼすべての業務に関わらせていただきました。

【加藤】普段、そんなに大きな団体競技をやっていなかったつもりが、すごいでかい団体競技に入った、という感じだ。

【井口】そうですね、ほんとチーム戦でしたね。曲作りというよりも、音楽をどう伝えるかとか、どう届けるかというプロセスですよね。

【加藤】割とお客さんも新しいことやりたいという感覚だったの?

【井口】いわゆる品揃えがたくさんある伊東屋から、新たに提案型のお店を作ります、ということでした。品数も減らして、とにかく居心地の良い空間を作りたいと。そこに行くことでしか作れない空間とか体験とか経験を大事にしたいと。買おうと思ったらペン一本でもオンラインで買える時代なので、とにかく伊東屋さんに行かなければ感じれない雰囲気とか空気感を作る、体験を彩るというのが、僕らの使命でした。そこに音楽としてお手伝いできるところは非常にあって、僕らの会社では色々な空間やブランドのお手伝いをしているんですけど、今どこの業界の方でも共通に言われることは、リアル店舗とそこでの時間の過ごし方について、すごい見直されてるんですよね。

【加藤】なるほど、モノ買って帰るというだけじゃなくて。

【井口】それを含めた経験価値をどう特別なものにするか、そのためにプロジェクションマッピングを打つとか、そのために陳列の什器をオリジナルのものにするとか、そのために店員の接客を他と違うやり方にするとか、グッズやコスチュームも変えるとか、色々な購買体験というか、お客さんの過ごす体験のストーリー作りを考えているんだなあと日々感じています。

【加藤】音楽の話でそういう話をしたことはなかったんだけど、ちょうどここ数年、WebやITの世界でもUXデザイン、ユーザ・エクスペリエンスデザインということが言われて来ていて、今の話も僕らの世界で言われてるUXデザインみたいな話なのかなと思った。

【井口】まさにそうですね。Webでもそうなのですね。過ごす時間という意味では同じことですもんね。

【加藤】例えばスマホのアプリでも、こういうデザインがかっこいいよね、ということだけじゃなくて、それを使ってるってユーザにとってどういうことか、というようなことを考えるようになって来ているから、言葉の使い方は違っても、同じような流れになって来てるのかな、という感じはするよね。

音楽との出会いは花火

【加藤】音楽は幼い頃からやっていた?

【井口】音楽全然なんですよ、僕。

【加藤】え、そうなの?

【井口】そうなんですよ。もともとは絵をやっていたんです。親父が絵描きだったので。物心ついたときから絵をずっとやっていたんですけど、小学生の時に絵をコンクールに出したりするじゃないですか。そこで自分の絵が選ばれないと怒られる、そういう感じだったんですよ。好きなキャラクターとか描きたいのに、左手描くとか、今日のテーマは壷とか。全然面白くなくて。

【加藤】そうか。跡取りを育てるというか。

【井口】そんな感じにしたかったんでしょうね。それが嫌になって、絵は中学で卒業。しばらくアート系から離れていたある時、花火写真家の金武 武さんの個展で偶然作品に出会って、その花火写真作品にすごい感銘を受けたんです。当時は全部アナログフィルムで撮っていて。

photo by Takeshi Kanetake

photo by Takeshi Kanetake

【加藤】うわ、液体のようだね。

【井口】その金武さんの個展で本人に声かけたら、花火が山下公園であるから来てみる?って言われまして。それで本物の花火をありえないくらいの間近で見たらさらに感動してしまい、それから花火の世界にのめり込んでいったのが中学3年くらい。それから夏場は金武さんの撮影助手をやりながら、花火の玉の種類や名前を自然に覚えていきました。それと金武さんのワークショップに参加する機会があったのですが、写真のスライド上映に合わせて、シンセサイザーと和太鼓とライブ演奏があって。耳の聞こえない人たちにも風船をもたせたり。

【加藤】あ、振動。

【井口】そう、振動。和太鼓でドーンと音を出して、それに合わせて写真をスライド上映するという。耳の聞こえない人も振動で音を感じてもらうという。そのワークショップでシンセサイザーという楽器に初めて触れさせてもらったり、映像と音楽のシンクロライブをリアルに感じました。そこから親に頼んで何とかシンセサイザーを手に入れて、いきなり作曲にのめり込んでいきました。

【加藤】へえ、じゃあ音楽への導入は花火だったんだ。

【井口】そうですね。花火を見て感動した記憶を、シンセサイザーでプチプチ作って、それをカセットテープにダビングして、友達に配ったり。同じように花火の写真を見せながら聴いてもらうんだけど、全く同級生とか理解してくれませんでした笑

【加藤】ははは。でも、自分の手で何かを再現したかった感じだよね。

【井口】多分、習うとか、コンクールじゃなくて、自分で見つけてきた、自分のセンスを頼りにした発見というか。当時は中学くらいの多感な時期だったので、まずは自分一人の力で音楽が作れて、形にできるというだけでもすごく大きくて。そういう活動が僕の大事な原点です。

【井口】大学生になると映像制作サークルに入って、自分で撮影した映像に音をつけることを始めたんです。当時、花火師のドキュメンタリー取材した作品を作ったんですが、そこで花火業者と関係ができて、念願の花火打ち上げ資格を取って、実際の打ち上げ現場にも携わるようになりました。大学を卒業する頃には、花火と音楽のライブを企画して、自分で考えた花火プログラムに合わせてシンセサイザーを弾きながら、大学のキャンパスでドカドカと打ち上げてましたね。

【加藤】ああそうか、あれって電気でやるもんね。

【井口】そうですね、今はパソコンでコントロールしますからね。それで、学生時代の最後に火がついちゃったんです。当時、就職最氷河期というのも相まってか、僕は自分にしかできない表現=音楽を使って、仕事をしたいという気持ちはより一層強くなりました。行きたい音楽系の大学院もなかったので、まずは大学院にいくつもりで2年間は実力で思い切ってやってみようと。2年間本気でやれば答えは絶対出るはずだと思って。でも、その2年間が本当に辛かった。。周囲はどんどん大手の企業で次のステップにどんどん進んでいく反面、僕は仕事ないし、焦るし。

【加藤】フリー、という状態だよね。

【井口】当時はライブ活動と並行して、六本木アカデミーヒルズとかでビジネスセミナーのアルバイトをしてました。経営者に対するコンセプトワークとか、戦略的ブランディングとか、そういう講義を当時はなんとなく聴いてましたが、全然理解できませんでしたね。でも気付くと、今となっては実に大きな財産というか。その経験が今本当に役に立っています。本当に分からないものですね。そうした時間を過ごす中で、とある渋谷のライブハウスで今のプロデューサー 兼  所属事務所(マスターマインドプロダクション)の社長に出会うチャンスがあり、山あり谷ありの日々でしたが、気付けば約10年、自然な流れでこの仕事につながっています。

聴こえてくる音楽

【加藤】サウンドスケープみたいな話の時に、さっき花火の話が出て来たけど、祭りのお囃子とか 一番わかり易いでしょう。ああいう場の音楽がある時に、一方で伊東屋さんの仕事とかは、外の通 りとは一旦隔てられて、それはある意味、違う世界なのか、その延長なのかとか、朝起きてドア開 けたら鳥の音が聴こえるみたいなことと、ゼロから音楽を作るということと、どういう風に距離を 置いてるのかなあと思って。

【井口】もう都市はノイズだらけですよ。そういうのを1つ1つ聴いちゃうと、とてつもない情報 量で、頭がボワっとしてしまって。セールの時もわざと大きな音出して、感覚麻痺させちゃうんで すよね。低音のドゥドゥってのを流しておいて、気持ちをエレベートさせる、「エレベートミュー ジック」ってアメリカでは言われてるそうです。BGMをバックグラウンドじゃなくて、フォアグラ ウンド、前面でBGMを大量投下してすごく甘いドーナッツみたいに中毒化させる。感覚からふっ飛 ばしちゃう。それとは違い、僕らの音楽は静けさの中にフッと聴こえてくる音楽、無 意識の中に入ってくる。なんかいいね、の「なんか」に入る。今かかってるこの曲なんだっけ、店 員さんに聞いてみよう、ってことにはなりにくい音ですけど、なんか居心地が良いよねとか、新し いよねとか、雰囲気変わったねとか言われる、その見えない1ファクターに音は確実にあると思って います。

【井口】本来のサウンドスケープのコンセプトはマリー・シェーファーが提唱しているように、ナ チュラルな自然をもう一回聴き直そうよ的なことで。地図だけを渡されて、これが楽譜です、第一 楽章、湖のチャポンという音を聴く、みたいな。当時は前衛的なもので高尚なイメージがありまし たが、でもよく考えると日本にも京都の川床とか水琴窟とかかあったりするし、そうした感性は日常にあるものなんですよね。

【加藤】うんうん、先週たまたま行ってたよ。

【井口】僕も行って来て。ああいう風情とか感性って、昔からあるものはちゃんとあって、それが 今もきちんと続いていて。

【加藤】あそこに攻撃性は全くないもんね。

【井口】多くの人はあれをノイズとは感じないんですよね。そういうサウンドスケープ魂が日本に は確実にあると思うし、本来日本人にはちゃんと音を聴く土壌というか、感性があると思っていま す。四季の移り変わりも暦の中に入っていますし。だから昨今の外来エレベートミュージックには、 個人的に違和感を感じていますね。

時とともに流れる音、その景観

【加藤】四季の移り変わりというのもそうだと思うのだけど、時間軸って発生し得るじゃん。お店だったら1年目とか2年目とか10年目とか。サウンドスケープって多分元々はランドスケープが語源だと思うのだけど、昔聞いたのが「景観十年、風景百年、風土千年」という言葉で、音楽のCDが出ました、それの流行り廃りがあります、という話とは別なものが、音楽にもありそうだよね。

【井口】実際、BGMとかの起源ってなんだろうって調べてみると、やっぱり祭りの時のお囃子だったり、宗教的な意味をもつものだったり、Music for ○○なんですよ。Music for 収穫祭、とか、常に何かのための音楽というのがあって。そういう意味ではアンビエント音楽の第一人者ブライアン・イーノが作った『Music for Airports』なんて、ほどよい間で鳴る20分くらいのピアノリフの繰り返しなんですけど、一年中流していても、どんな場でも、空間に合う。そもそもMusic for ○○って考え方自体、とても普遍的な思考なんだなと。そんな何かに寄り添う音楽をやりたいなと思っていて。

【加藤】これから寄り添いたい対象とかある?ああ、さっき病院って言ってたか。

【井口】病院もそうですね。トイレとかやりたいですね。トイレ空間ってまだまだやれるなって思うし、日本って多分、レストルームの最先端を行ってると思うんです。

【加藤】あそこまでやらないよね。

【井口】トイレとか、風呂とか、人が休むスペースとか、過ごす場所。将来的に公園のデザインに音楽家として関わりたいですね。ほんとにパブリックなところ。公園とか防災チャイムとかゴミ収集車とか。街の風土とかに合わせて作っても良いし、季節によって変わっても良いし、今週はクリスマス・バージョンだねとか、遊び心もあってよいと思うし、まだまだデザインの余地ってたくさんあると思うんですよね。そういうところをすごく興味を感じます。

【加藤】そういう意味で言うと、公共性というかさ、公共みたいなことが強いんだね。

【井口】そこはビジネスとしても面白いところだと思っていて、エンターテインメントの中での音楽ってどんどん厳しい状況で、CDの売上も年々激減している状況で、もっと必要とされているフィールドの音楽の可能性に目が向くようになって。アーティストとしてCDをなんとかというのもあるんですけど、そこじゃないところで、もっと展開できないかと思っています。まだまだ音楽が活躍するシーンってたくさんあるし、結果的に世界中の人が1日1回必ず耳にする音とか作れたら、音楽家としてはすごい面白いと思っています。

【加藤】今日なんか音楽の話だから、僕の分野とは違う話かと思っていたのだけれど、なんか意外と共通点も聞けて面白かったです。ありがとうございました。

【井口】こちらこそ、ありがとうございました。

井口拓磨
サウンドアーティスト

ピアノ・シンセサイザーを中心とした情景的かつ、メロディアスなニューエイジサウンドが注目を浴びる気鋭のサウンドクリエイター。映像音楽をはじめ、空間音楽、ブランドサウンドに至るまで、数多くの作品を手掛けている。株式会社マスターマインドプロダクション所属。
1981年横浜生まれ。慶應義塾大学進学後、音楽活動を本格化。2003年度「慶應義塾大学塾長賞」を受賞。これまでに、野村萬斎 舞台『六道輪廻』や、映画『ジャイブ~海風に吹かれて~』のサウンドトラックを担当。近年では、『銀座・伊東屋』のサウンドロゴをはじめ、すみだ水族館プロジェクションマッピング『TOKYO SKY AQUARIUM』、リニューアルされた『サンシャイン水族館』のサウンドスケープデザインほか、Seria、東邦大学、DOUTOR、東京エレクトロン、パレスホテル東京、Motherhouse、鈴鹿8耐など、数多くの空間音楽やブランドサウンドの制作を手がける。
現在、音楽演出を手がけた すみだ水族館プロジェクションマッピング『ペンギン花火』が、2015年7月より公開中。
http://takumainokuchi.net

2016.08.28
渡邊 享子
「トントンカラリと回すサイクル」

石巻に出かけるようになって、何人もの若ものと知り合って来ました。そのうちの一人が渡邊享子さん。震災直後からゼミ生として石巻に入って、この5年間、石巻に住み、石巻に根ざして、街のことに取り組んで来た一人です。 これまでにユ […]

2016.08.23
モリジュンヤ
「広義の編集、狭義の編集」

その存在は意識していた、って書くとなんか大袈裟だけれど、フリーランスとして仕事しつつ、気になっていた人の一人がモリジュンヤ君でした。とても筋の良い仕事をする人だなと思って眺めていた。 そんなジュンヤ君と昨年末少ししっかり […]

2016.08.18
鵜川 洋明
「水、流るるを、樂しむ」

僕も関わる児童養護施設を退所する若もののための奨学金支援プログラム、カナエールでトレーニングチームのリーダーをしているのが、うーさんこと鵜川洋明さんです。カナエルンジャー(奨学生)とエンパワチーム(社会人ボランティア)が […]

2016.01.15
太田 サヤカ
「問うデザイン、問われるデザイン」

以前、ET Luv.Lab.で取材させていただいた、イトナブの古山さんから、僕や仲間内のデザイナーのところを1日ずつ、新入社員を武者修行して回らせたいというご相談をいただいたのが2年前の春のこと。トランク片手に仙台から東 […]

2015.08.07
井口 拓磨
「聴こえてくる音楽、その風景」

水族館の音楽のデザイン、そんな少し変わった仕事をしている人を、以前中華街で紹介してもらいました。僕はそこでサウンドスケープ、という言葉を初めて教えてもらいました。音のランドスケープ?、なかなか難しそう。 僕は楽器がからき […]

2015.06.22
葛原 信太郎
「編集が生むのは、活力」

「あれ、Twitterが似顔絵のアイコンの人ですよね?」久し振りに言われたなと思いました。 仕事仲間の鎌倉オフィスのオープニングパーティで知り合った葛原信太郎君は、アースガーデンというメディアの編集長。ただ、日本の「揺れ […]

2015.05.26
小高 朋子
「作り手の担い手」

「仕事の相談があるのですがー」、久し振りにご連絡いただいた小高朋子さん。Facebookで全国津々浦々飛び回っているのは拝見していて、いずれまたお話したい人の一人でした。じっくり腰を据えて話すのは、実は今回の取材がほぼ初 […]

2015.05.17
網谷 勇気
「カミングアウトが拓くもの」

実行委員として関わっている児童養護施設からの進学を応援する奨学金支援プログラム、カナエールで一緒に仕事することになったのが、網谷勇気さんでした。プロジェクト内では皆ニックネームなので、今回の取材でも「あーみー」と呼んでい […]

2014.03.20
中村 優
「旅するレシピ」

中村優さんと出会ったのは、クライアントのレストランでのディナー・パーティの時でした。隣の席にたまたま座っていた優さんとは当然初対面で、ただ、なんか美味しそうに美味しそうなものの話する人だなあと思っていて、でもお互いあんま […]

2014.01.01
山本 浩司
「歴史家が紐解くプロジェクト・デザインいまむかし」

浩司君がTEDに出る。そんな話を聞いたのは2年前のことですか。イギリスで歴史家として産業革命時代の経済や商業の歴史を研究する山本さんとは、頻繁には会わずとも、たまに飯を食いながら意見交換する仲です。歴史家という響きとは裏 […]

2013.12.24
岡崎 研太郎
「アートがもたらす医療現場へのエンパワーメント」

あれは今から数年前のこと。クライアントのご親族にお医者様がおられて、僕に仕事の相談があるとおっしゃる。お医者様からの仕事というので、病院か、学会か、と思いきや、ご相談されたのは「糖尿病劇場」という何ともユニークなプロジェ […]

2013.11.03
村上 玲子
「人、そこに在る暮らし、そこを巡るは旅人」

村上玲子さんは、お世話になっている方が開いた懇親会でお話しする機会があって、ただ、ソーシャル・メディアでは繋がりつつも、以降お会いする機会はなく。なんですが、僕があっち行ってると、翌日くらいから玲子さんがそこにいるのをソ […]

2013.10.10
茂木 隆宏
「横浜の創造力の舳先に」

横浜在住で自宅勤務であるにもかかわらず、これまで横浜で仕事したのは片手で数えられるほど。ちょうど、この1年くらい、少し横浜で何か行われているのか、ということに興味を持ってから、よく耳にしていた名前が「ノガン」という会社で […]

2013.05.20
越水 大輔
「ローカルにコミットする躍動感」

越水大輔さんはフリーランスのWEBデザイナーで、福岡に1年。僕とはちょうど1年ほど前に、ETのWEB経由でお声がけいただき、一度だけ横浜の喫茶店でお話しをしました。彼はその後、福岡に移り住み、僕もちょうど色々な場所と仕事 […]

2013.04.01
古山 隆幸
「復興のカリキュラム」

古山隆幸さんとは年次がほぼ一緒で、学生時代からWEBの仕事をしていたことも共通で、昨夏、石巻2.0の小泉瑛一君に紹介してもらって以来、UX X Talkというハングアウトイベントを石巻工業高校の生徒さん向けに企画したり、 […]

2013.03.27
礒貝 日月
「出版ボン・ボヤージュ」

大学のラグビーの後輩に、「加藤さんに、そいつだけは紹介したい、という人間がいるんです」と言われていて、そういうことをその後輩が言うのも珍しいので、ドキドキしながら丸の内に出かけたのが昨年の秋。礒貝日月君とはそれ以来、同じ […]

2013.03.20
東 宏樹
「揺れやすさ、というファクト」

昨年末出かけたTEDxKeioSFCで、ちょっと懐かしい顔と再会しました。東君は大学の後輩なんですが、例によって社会人になってからの知り合い。鎌倉でこんなことをやってみたい、みたいな話を酒飲みながら聞かせてもらったりして […]

2013.01.29
舟越 奈都子
「アートへのホスピタリティ」

僕が9月に石巻に行ったのは一時画伯というプロジェクトのワークショップのサポートスタッフとしてでした。実は一時画伯に関しては僕はそもそもWEB制作を仕事として請けていて、そういう意味では外部からお手伝いする立場だったのです […]

2013.01.11
植村 百合香
「踏み入って、踏み留まって、踏み進める」

「ちっちゃい怪獣連れて行くね」、そう言われてブリッジフォースマイルというNPOに勤めている友達に紹介されたのが、植村百合香さんでした。初対面の時は別に彼女のプロジェクトの詳細を聞くわけでもなく、ただなんとなくこの子、大物 […]

2012.11.27
坂田 一倫
「Non-Designer UXer」

高校と大学のラグビーの後輩にあたる坂田一倫君。学生の頃からデザインが好きだったようで、ただ、僕とはちょっと違う志向性だったようで。彼の口から、徐々にUXという言葉を聞くようになって、気がつけば、UXの専門家として仕事をす […]

2012.11.18
小野 梨奈
「働き方の未来予想図」

ナンパされたシリーズ。今年に入って、Twitterで仕事のお声がけいただいたのが、フリーランス、Webプロデューサーの小野梨奈さん。とは言え、何となく僕も存じ上げていて、お話したところ、共通の友人の話にもなり、行けそうだ […]

2012.10.04
北見 友和
「続けることを繋げる、繋げることを続ける」

10年前から上永谷にあったレゲエバー、CRISE。歩いて30分ほどの所に住んでいたのに、僕が知ったのはつい昨年のこと。そこのカウンター越しに知り合ったのが、北見友和さんでした。日本料理を銀座で修行し、数千人規模の屋外ライ […]

2012.09.21
山本 泰広
「笑うPMには福来る」

先日、「僕のチームの後輩に酒飲みながら話してもらえませんか?」という、ちょっと風変わりなオファーをくださったのは、ネットサービス企業でプロジェクト・マネージャーをしている山本泰広さん。同じ横浜市民ということもあり、飲みの […]

2012.09.15
marico
「モノを作る、場を作る、時間を作る」

男ですし、そんなにアクセサリーとかは持ってないのですが、maricoさんにオーダーしたグラスループは今も愛用しています。maricoさんとは友人に紹介された社会人サークルみたいなところで知り合って、だから5年ほど前でしょ […]

2012.07.01
中村 こども
「楽しかったら重くないんだ」

「すいません、ピントが合ってませんでした。。。」そんなET Luv.Lab.始まって以来の大失態を犯してしまったのが、今回の中村こどもさんへの取材です。実は僕は中村さんにレンズを一本お借りしていて、だから、そのレンズを借 […]

2012.04.14
黒田 和宏
「企業と個人を結ぶもの」

まだ僕が学生時代にデザイン会社の仕事をパートタイムのスタッフとして手伝っていた頃のこと(別に出社とかなかったけど)。その僕を手伝ってくれていたのが同じSFCに在籍していた1年下の黒田和宏君でした。そこでの仕事が終わって、 […]

2012.03.29
景山 泰考
「ロジックを調律する男」

「やーまん」「やーまん」「やーまん」と本当に知り合ったその日からべったりお世話になっているのが景山君こと、「やーまん」です。お互い何かを説明する時に、いきなり結論を持ち出してもきちんとコミュニケーションが取れる、という意 […]

2012.03.26
浜本 階生
「ソーシャルグラフとアルゴリズムが導く行方」

Blogopolisを知っていますか。10人に見せると10人が「スゲー!」という、僕の経験の中でも類まれなサービスです。それを作っている個人と知り合える!と聞いて、お邪魔した用賀エンジニア焼肉会が浜本さんとの出会いでした […]

2012.03.08
小泉 瑛一
「On the frontline」

小泉君と僕の関係性を説明するに、横浜の飲み仲間です、以上の説明がないのですが、彼が横浜国立大学の建築学生の時に、ひょんなことから知り合って、せっかく地元の若者なので、色々な会に連れて行って、なんか面白いことになればいいな […]

2012.02.21
大嶋 英幹 / 水口 一
「デザインに人の温かみが降りてゆく」

僕が鎌倉でお世話になっている代理人の方が「面白い人達に会いましたよ」とある日おっしゃった。あの時「じゃあ、紹介してください」、その一言が言えなかったら、きっと僕が「はせのわ」に携わることはなかったでしょう。 鎌倉にあるツ […]

2011.11.12
畠山 千春
「見えやすくする、触れやすくする、慈しみやすくする」

僕をして、エコ、という言葉を誰も想起し得ないと思いますが、随分前に、green drinks Tokyoというパーティにうかがった際にご紹介いただいたのが、当時グリーンズでインターン中の畠山さんでした。ちょうど就職活動の […]

2011.10.21
松村 太郎
「その境界を超えてゆけ」

2007年3月、kosukekato.comの読者から一通のメールが届きました。「ブログでナンパした」「ブログでナンパされた」という話は、どこかしこでしている話ではあるのですが、実は中学と大学の後輩であった松村太郎君と知 […]

2011.06.14
徳本 昌大
「コミュニケーションの今」

僕がいつもと少し毛色の違うプロジェクトにアサインしていただいた時に、そのプロジェクトでお世話になったのが、「ソーシャルおじさん」こと徳本昌大さんでした。お仕事の合間にET Luv.Lab.のことをお話ししましたところ、快 […]

2011.04.12
すわ だいすけ
「Still Together」

3月11日、地震がありました。今も余震や原発事故など、予断は許さない状況ではあると思います。いつまでも休眠させずに、ET Luv.Lab.も動かしたい、でも地震の後に、その話を避けて通らず、でもET Luv.Lab.らし […]

2011.03.04
迫田 大地
「人と情報のパッシング・ポイント」

WEBデザイナーの迫田大地さんと付き合いだしたのは遂最近。実はこういう仕事をしている癖にWEBデザイナーの知り合いってとても少ないんです。しかし話してみると、同じ80年生まれということもあり、WEBの入り口から、仕事に転 […]

2011.02.19
丸岡 和人
「次代の起業家精神を描く」

丸岡和人君とは、今は無き、「用賀エンジニア焼肉」で何回かご一緒して以来のご縁です。何となくお互いの仕事を知ってはいたし、出身校も一緒だったので、シンパシーは感じていましたけど、よくよく考えれば今回の取材が2人で仕事につい […]

2010.12.09
小島 希世子
「火の国の女、肥の国の母」

小島希世子さんとは大学時代の親友で、ともすれば悪友で、お酒を飲みながら20歳前後に議論を交わした朋友です。農業の世界を生業にする数少ない友人で、僕もいつも勉強させてもらってます。 2年前の法人設立の際には、僕もCIやWE […]

2010.11.11
原田 均
「社会にコミットするエンジニア」

グラウンドの仲間シリーズ、原田均君は28歳にして既に検索プラットフォームを手掛けるネット企業のCTOで、この夏、僕も会社のWEBサイトを手伝わせてもらいました。原田君の世界を放浪した話、などもかなり面白いのですが、今回は […]

2010.10.07
津下本 耕太郎
「関係性の仕掛け人」

津下本耕太郎さんは数年前に共通の客先でお知り合いになって、なかなか興味分野がかぶっていることもあり、同年代ということもあり、気が付けば意気投合していたという、ビジネスとも言い切れない、プライベートとも言い切れない不思議な […]

2010.09.25
三橋 ゆか里
「I am a TechDoll.」

後輩が独立したと聞き、会ってみたのが半年前。それからあれよあれよという間に活躍されているのがウェブディレクターでライターの三橋ゆか里さんです。先日もYahoo!ニュースに三橋さんが書いた記事が載っていたらしく、一緒に飲ん […]

2010.07.01
須藤 優
「面白い人を拡張する」

形式は違えど、JunkStageというのは、ET Luv.Lab.の良い見本なのだと思うんです。56名のライターを抱え、コラムサイトを運営しつつ、フリーペーパーを出したり、イベントをしたり、新しいサービスも始まるようです […]

2010.06.04
松下 弓月
「非日常性への回路」

「今日はお坊さんと食事に行きます」なんて友人に言うとびっくりされるのですが、松下弓月さんは平塚宝善院の副住職であり、超宗派仏教徒によるインターネット寺院、彼岸寺のメンバーでもあり、最近ではUstreamなどでも積極的にイ […]

2010.05.15
福山 泰史
「アマプロ混在の時代に思うこと」

同世代で自分よりフリーランサー歴が長い人、と言うと、実はそんなに多くはなかったりするのですが、音楽プロデューサーの福山泰史君は僕より2つ年下。 20歳の時に独立し、それから9年もの間、フリーの音楽プロデューサーとして業界 […]

2010.03.09
児玉 哲彦
「アーキテクチャからデザインする」

児玉哲彦さんとは母校のOpen Research Forumというイベントでゲリラトークセッションに飛び入り参加させていただいた時に知り合いました。それから何度かゆっくりお話をする機会が持て、僕はビジネス寄り、児玉さんは […]

2010.02.25
神谷 真人
「芝居と生きる、芝居を生きる」

3年B組16番加藤康祐、3年B組17番神谷真士。中学のクラスメイトで、出席番号が並びだった神谷君と再会したのは社会人になってからでした。話を聞いてビックリ。「脱サラして舞台俳優をしている」とおっしゃる。ある意味、僕とはフ […]

2010.02.23
野口 尚子
「余白を埋める、余白を作る」

各所で話題の僕の似顔絵入り名刺ですが、実は印刷の余白Lab.の野口尚子さんにコーディネートをお願いしたもので、ブラックメタリックの箔押しにグレーのラメ入りの紙がお気に入りで愛用させてもらっています。独立前に知り合いました […]

2010.02.09
小林 朋子
「Twitter文化はサロン文化」

サヴォアール・ヴィーヴルって言葉、初めて耳にする方も多いのではないかと思います。鎌倉でサヴォアール・ヴィーヴルサロン、ロザリウムを主宰されている小林朋子さんは、ETの古くからのお客様で、ご家族の皆様にもいつもお世話になっ […]

2010.02.05
北山 朝也
「エンジニアリングと幸せの定義」

ET Luv.Lab.記念すべき第一回目ゲストはエンジニアの北山朝也君です。北山君とはグラウンドで一緒に汗を流した仲でもあり、社会人になってからも折々で酒を酌み交わしがてら話をしあう親友です。北山君とは付き合いが長いです […]

2010.01.27
加藤 康祐
「人がメディアになる時代」

ブランディングの仕事をしていると、結局最終的にはブランドの価値がいかにして、「人」に反映されるか、ということに勘所があるように思います。何か同じようなことが、スゴイ勢いで情報の世界にも起こっているな、ということを下記の文 […]